Enoの音楽日記

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ヴァイグレ/読響「ヴォツェック」

 ヴァイグレ指揮読響の「ヴォツェック」。4管編成のオーケストラが舞台を埋める。すごい人数だ。その大編成のオーケストラにもかかわらず、歌手の声がよく通る。今回は演奏会形式上演なので、オーケストラはピットに入らずに、舞台に並ぶ。それにもかかわらず、歌手の声がオーケストラに埋もれない。

 「ヴォツェック」は好きなオペラだ。国内外で何度か観た。だが演奏会形式は初めてだ。オーケストラが何をやっているか、よく分かる。それが新鮮だ。ヴィオラのソロがあり、チェロのソロがあり、コントラバスのソロもある。マリーのアリアにオブリガートを付けるホルンのソロも印象的だ。またチェレスタが明瞭に聴こえる。今までもチェレスタは聴こえていたが、今回は音が浮き出る。

 オーケストラはマッスでは動かないことが特徴だ。あるときはチェロ・パートが動き、またあるときはフルート・パートが動く。オーケストラが細分化されている。各パートに短い動きが頻出する。マッスで動くのはヴォツェックがマリーを殺害する第3幕第2場の後奏くらいだ。ベルクのもうひとつのオペラ「ルル」はもっとオペラ的だ。「ヴォツェック」は「ルル」とは異なる独自の音楽だ。

 舞台上演を観ると、演劇的なおもしろさに流されがちだ。それほどビュヒナーの原作はおもしろい(原作といっても、走り書きのような断片が残っているだけだが)。またこのオペラを上演するとなると、演出家が腕によりをかける。その演出にも関心が向く。結果、音楽への注意力がおろそかになっていたかもしれない。

 ヴァイグレ指揮読響の演奏は見事だった。各パートがあれほど俊敏に動き、加えてパート間の連携が緊密で、全体として織物のようなテクスチュアを築き上げるとは驚嘆に値する。また情感の表出が豊かだ。さらにはオペラ全体(3幕×5場=15場)のバランスが取れている。たとえば表現力豊かな第3幕第4場の後の間奏曲も、それだけが突出しない。

 歌手も良かった。ヴォツェック役はサイモン・キーンリーサイド。貧困に苦しみ、周囲の人物(大尉と医者)を乗り越えられず、最後には自分に残された唯一のもの(愛人のマリー)を鼓手長に奪われて、精神が崩壊するヴォツェックを歌って説得力があった。

 医者はファルク・シュトルックマン。堂々とした声と彫りの深い発音が別格だ。マリーのアリソン・オークスは強い声の持ち主だ。大尉のイェルク・シュナイダーと鼓手長のベンヤミン・ブルンスも適役だ。日本人の歌手たちも健闘した。新国立劇場合唱団とTOKYO FM少年合唱団も文句ない。
(2025.3.12.サントリーホール