2023-01-01から1年間の記事一覧
2023年はどんな年だったろう。ウクライナ戦争は終わりが見えない。ガザではイスラエルがジェノサイドともいえる攻撃を仕掛ける。世界は戦争の時代に入ったのか。 ともかく、わたしの2023年を振り返ろう。吉田秀和が「思うこと」というエッセイ(吉田秀和全集…
国立西洋美術館で「キュビスム展」が開催中だ。20世紀初頭にパリでピカソとブラックが始めたキュビスムが、あっという間に多くの画家たちに広がり、熱狂の瞬間を迎えたその時に第一次世界大戦が勃発し、キュビスムは重大な転機に立たされる。その経過が生々…
大野和士が指揮する都響の12月定期Aシリーズのプログラムに、今年生誕150年のレーガー(1873‐1916)の珍しい曲が組まれた。「ベックリンによる4つの音詩」だ。実演を聴いてみたくて出かけた。 ベックリンはスイス生まれの象徴主義の画家だ。レーガーはベック…
N響の第2000回公演。ルイージの指揮でマーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」。第1部冒頭の合唱が、力まずに、さらりと入る。勢い込んだ入りとは違う。演奏はだんだん熱が入る。バンダが加わるコーダは圧倒的な音量でNHKホールの巨大な空間を満たした。第2…
桂冠指揮者スダーンの振る東響の定期演奏会は、シューマンの交響曲第1番「春」のマーラー版とブラームスのピアノ四重奏曲第1番のシェーンベルク編曲という、一見オーソドックスだが、ひねりの利いたプログラムだった。 スダーンは東響の音楽監督在任中にシュ…
METライブビューイングでジェイク・ヘギー(1961‐)の「デッドマン・ウォーキング」(2000)を観た。MET(ニューヨークのメトロポリタン歌劇場)は名作オペラの上演と併せて、現代オペラの上演にも力を入れている。本作品もそのひとつだ。 主人公は修道女の…
カーチュン・ウォン&日本フィルの快進撃が続く。12月の東京定期はこのコンビらしいプログラムだ。1曲目は外山雄三の交響詩「まつら」。日本フィル恒例の九州公演から生まれた曲だ。わたしは1985年9月の渡邉暁雄&日本フィルと、2014年12月の外山雄三&日本…
カンブルラン指揮読響の定期演奏会。1曲目はヤナーチェクのバラード「ヴァイオリン弾きの子供」。レアな曲だ。そんな曲があったのかと思う。スヴァトブルク・チェフの詩に基づく曲という(澤谷夏樹氏のプログラムノーツによる)。チェフといえば、オペラ「ブ…
高関健指揮東京シティ・フィルの「トスカ」の演奏会形式上演。歌手の面でもオーケストラの面でも「トスカ」の音楽を堪能できた。 歌手でもっとも感銘を受けたのは、カヴァラドッシをうたった小原啓楼だ。第1幕の余裕をもったカヴァラドッシから、第2幕の拷問…
日本フィルの横浜定期は、来日を見送ったラザレフの代わりにカーチュン・ウォンが振った。カーチュンは「ぶらあぼ」の取材に答えて「元首席指揮者であるラザレフの代役を、現首席の自分が引き受けるのは当然のこと」といっている(11月22日)。頼もしい責任…
新国立劇場の新制作「シモン・ボッカネグラ」は、複雑なストーリーのこのオペラに真正面から取り組み、歌手、演出、指揮のそれぞれの力が結集して、ヴェルディの数あるオペラの中でも特異な存在のこのオペラの真価を明らかにした。 タイトルロールのシモンを…
SOMPO美術館で「ゴッホと静物画」展が開かれている。もともとは2020年に予定された新館への移転記念の企画展だが、コロナ禍のために延期された。ゴッホの静物画の変遷をたどるとともに、ゴッホが影響を受けた(あるいはゴッホから影響を受けた)静物画と比較…
今夏は7月に外山雄三さんが亡くなり、8月に飯守泰次郎さんが亡くなった。まったく何ていう夏だろうと思っていたら、10月にチェコ・フィルの元首席指揮者のズデニェク・マーツァルが亡くなり、11月に読響の名誉指揮者のユーリ・テミルカーノフが亡くなった。 …
ノット指揮東響の定期演奏会はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏はゲルハルト・オピッツ)と交響曲第6番「田園」。これ以上はないオーソドックス・プログラムだ。 ピアノ協奏曲第2番ではオピッツのピアノに注目するわけだが、その演奏はドイツ…
東京オペラシティのB→Cシリーズに、新日本フィルの首席ヴィオラ奏者で室内楽活動も活発な中恵菜(なか・めぐな)が登場した。 1曲目はバッハの無伴奏チェロ組曲第3番のヴィオラでの演奏。一音一音をしっかり鳴らす演奏だ。原曲がチェロ用の曲だからそのよう…
わたしの故郷は多摩川の河口の街だ。家の周囲には小さな町工場がひしめいていた。日本が高度経済成長期にあったころは、工場の廃液が溝に流れ、異臭を放った。普段羽振りの良かった工場主が夜逃げしたこともある。喧嘩もあった。ガラの悪い街だった。だがそ…
新国立劇場で開催中の「尺には尺を」と「終わりよければすべてよし」の交互上演は大成功のように見える。2009年の「ヘンリー六世」三部作から始まったシェイクスピアの史劇シリーズが完結して、それで終わりかと思ったら、意表を突く“問題作”への転進。その…
新国立劇場の「尺には尺を」と「終わりよければすべてよし」の交互上演。先日の「終わりよければすべてよし」に引き続き「尺には尺を」を観た。「尺には尺を」は以前戯曲を読んだことがあるが、観劇前に再読した。戯曲もおもしろいが、実演だとおもしろさが…
新国立劇場でシェイクスピアの「尺には尺を」と「終わりよければすべてよし」の交互上演が始まった。2009年の「ヘンリー六世」三部作の一挙上演以来続いたシェイクスピアの史劇シリーズが終了し、次の展開として、問題作といわれる「尺には尺を」と「終わり…
カーチュン・ウォン指揮日本フィルの横浜定期。プログラムはショパンのピアノ協奏曲第1番とブラームスの交響曲第1番。同プログラムで翌日には東京で名曲コンサートが開催される。両日ともチケットは完売だ。ソリストの亀井聖矢の人気のためだろうが、せっか…
ヴァイグレ指揮読響の定期演奏会。1曲目はヒンデミットのピアノと弦楽合奏のための「主題と変奏〈4つの気質〉」。ピアノ独奏はルーカス・ゲニューシャス。地味な曲だが、ピアノ独奏もオーケストラも曲の持ち味をよく引き出して、ヒンデミットの円熟期の作品…
ノット指揮東響の定期演奏会。1曲目はドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」のノット編曲版。オペラの中の主要場面を追ったオーケストラ曲だ。オペラだと歌と演技が入るので、濃密なドラマが展開されるが、歌と演技を欠くと(少し乱暴な言い方になるが)同…
カーチュン・ウォンの日本フィル首席指揮者就任披露演奏会。曲目はマーラーの交響曲第3番。第1楽章冒頭の8本(実際は9本)のホルンの斉奏の輝かしさ。その後も金管の音がよく決まる。とりわけトロンボーン・ソロの見事さ。安定感があり、しかもトロンボーン…
新国立劇場の新制作、プッチーニの「修道女アンジェリカ」とラヴェルの「子どもと魔法」のダブルビル。予想以上に満足度の高い公演だった。歌手、指揮、演出などが作品の良さを引き出したからだろう。 「修道女アンジェリカ」はプッチーニの「外套」、「修道…
東京シティ・フィルの10月定期は飯守泰次郎の指揮でシューベルトの交響曲第5番と第8番「ザ・グレート」が演奏される予定だったが、飯守泰次郎の急逝にともない、高関健の指揮で飯守泰次郎が得意にしたワーグナーとブルックナーが演奏された。飯守泰次郎が振…
津村記久子の「水車小屋のネネ」が今年の谷崎潤一郎賞を受賞した。わたしは津村記久子のファンなので喜んだ。「水車小屋のネネ」も読んでいた。とくに第1話と第2話のみずみずしさに感動した。でも、ファンの心理とはおもしろいもので、自分だけの大事な作品…
今年4月に京都市交響楽団の常任指揮者に就任した沖澤のどか。さっそく東京でのお披露目公演が開催された。1曲目はベートーヴェンの交響曲第4番。なんの衒いもなく、自分の中の自然なベートーヴェンを演奏した感がある。肩肘張らずに、音楽的に充実しているこ…
ロレンツォ・ヴィオッティ指揮東京交響楽団の定期。プログラムはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。 演奏中にアクシデントが起きた。「英雄」の第1楽章コーダに入ったあたりで、LDブロックのわたしの席の近く…
国立新美術館で「テート美術館展」が開催中だ。会期は10月2日まで(その後、大阪に巡回)。すでに多くの方がご覧になったと思うが、まだの方もいるだろうから、ご紹介したい。コロナ禍以来、大型の海外美術館展が難しくなっている中で、貴重な展覧会だ。イギ…
作曲家の西村朗さんが9月7日に亡くなった。享年69歳。70歳の誕生日の前日の逝去だった。右上顎がんだったそうだ。まだ若いのに‥と思う。今年の夏は7月11日に外山雄三さんが92歳で亡くなり、8月15日に飯守泰次郎さんが82歳で亡くなった。まったくなんていう夏…