Enoの音楽日記

人生、何があっても、音楽を聴くと、自分を取り戻します。

尾高忠明/N響&HIMARI

 今話題のHIMARIが出演するN響定期のCプロ。チケットは二日間とも完売だ。わたしはHIMARIを聴くのは初めてだ。どんな才能なのか、楽しみだった。指揮は尾高忠明だ。

 

 1曲目はシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」。弦楽器がクリアな音でよく鳴る。良い演奏だと思ったが、なにせ短い曲なので、「そうですか」という以上の感想が浮かばない。最後にティンパニが短いロール打ちを入れるが、演奏終了後、尾高忠明がティパニ奏者を立たせていた。ちょっと意外だった。

 

 2曲目がお目当てのHIMARIの登場だ。曲はシベリウスのヴァイオリン協奏曲。冒頭の弦楽器のトレモロに乗って独奏ヴァイオリンが入ってくるところで、独奏ヴァイオリンがどう演奏するかが、まず注目の的だが、HIMARIの演奏は音が小さい。小さいだけならそれもひとつの解釈だが、その音で語りかけるものがない。以下、第1楽章を通して、速いパッセージは正確に弾いているが、長い音に力がないことを感じた。語弊があるが、実感としては、きゃしゃな音と感じた。

 

 正直、これで第2楽章はどうなるかと危惧した。残念ながら、その危惧は外れなかった。淡々とした演奏が続いた。速いパッセージは良さそうなので、第3楽章に期待したが挽回できなかった。なおアンコールにバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番からサラバンドが演奏された。清潔な演奏だったが、シベリウスで感じた音の力のなさは変わらなかった。

 

 念のために言うと、客席からは数人のブラーヴァの声が飛んだ。わたしはHIMARIに特別なものを感じなかったが、感動した人もいるのだろう。

 

 3曲目はラフマニノフの交響曲第3番だ。尾高忠明が作品を手中に収めた演奏だ。すべてのディテールを掌握し、揺るぎないテンポ感のある演奏。それは尾高忠明の特質かもしれないが、それに加えて今回感心した点は、尾高忠明が精いっぱい自分を解放した点だ。時として自分を解放する一歩手前で終わるきらいのある尾高忠明だが、今回は十分に解放した。だが、だからこそ感じたのかもしれないが、十分にダイナミックで、申し分のない造形であるにもかかわらず、多少厳しい言い方になるが、なにか予想もつかないことが起きた演奏ではなかった。その点でどこか生煮えの澱が残った。

 

 細かい部分では、第2楽章のスケルツォ風のところで、ハープだけではなく、チェレスタが鮮明に聴こえたことが印象的だ。わたしはハッとして、演奏終了後、プログラムの楽器編成を見たら、なぜかチェレスタの記載がなかった。

(2026.6.20.NHKホール)